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第2章 海外人事管理と国内労働社会保険の関係
5.海外勤務者に対する国内労働社会保険の保険料賦課の問題
 (3)報酬支払いパターンによる保険料賦課の問題点
  ①国内払いと海外払いの二本建て給与支払い制度の発生要因

 一般的に日本企業の海外勤務者給与制度は、国内払いと海外払いの二本建て給与支払い制度を採用していることが多い(出所:関西生産性本部 海外勤務者労働条件調査「海外勤務者の給与1999年版」)。国内労働社会保険の適用ならびに保険料賦課に関する各種判定を行ううえで、給与の支払地は非常に重要なファクターであることは先にも述べたとおりであるが、国内払いと海外払いの二本建て給与支払い制度は、【図表2-5-3-1】に示したように種々の理由から発生していることが理解できる。

 【図表2-5-3-1】 国内払いと海外払いの二本建て給与支払い制度の発生要因 

 【図表2-5-3-1】 国内払いと海外払いの二本建て給与支払い制度の発生要因

■各種制度上(規定上)、出向元企業(国内事業場)に支払い義務が継続発生
  • ●海外勤務期間中も、健康保険・厚生年金保険・雇用保険などの本人負担保険料、住民税(赴任前年度分)、労働組合費、互助会費、職域扱いの生命・損害保険料などは出向元企業(国内事業場)を通じて継続して支払う必要がある
  • ●単身赴任の場合、国内残留家族が海外赴任前の水準の生活を維持するために国内手当の支払いが必要となる
  • ●インセンティブ・ハードシップ手当・賞与などは規定上国内払いとしている
  • ●国内払い給与と海外払い給与の支給配分決定を海外勤務者本人に委ねている
■海外勤務者と出向先企業(海外事業場)ローカル社員との待遇・給与差別による訴訟問題回避
  • ●海外勤務者の出向先企業における職務レベル(役割・職位)と報酬額の乖離(同様な職務レベルにあるローカル社員よりも著しく高額であり妥当性に欠ける)による勤務地国における雇用均等法などの抵触回避対策
  • ●逆出向者がある場合の処遇公平性対策
■出向元企業(国内事業場)と出向先企業(海外事業場)の経営上のパワーバランス
  • ●出向先企業が合弁企業の場合では、高額となる海外払い給与の水準や人件費負担額についてパートナーの理解が得られない(にくい)ことが多く、海外勤務者への報酬支払いや出向元企業への人件費負担が困難である
■出向先企業(海外事業場)の損益状況
  • ●出向先企業が設立間もない又は経営不振などの理由で赤字体質であり、海外勤務者への報酬支払いや出向元企業への人件費負担が困難である
■日本の法人税法上の措置
  • ●国内払い給与・賞与であっても一定の要件を満たせば法人税法上の損金算入が可能であることを根拠(法人税基本通達9-2-47出向者に対する給与の較差補てん)として、海外勤務者への報酬支払いや人件費負担を継続している
法人税基本通達9-2-47(出向者に対する給与の較差補てん)
出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補てんするため出向者に対して支給した給与の額(出向先法人を経て支給した金額を含む。)は、当該出向元法人の損金の額に算入する。(昭55年直法2-8「三十二」、平10年課法2-7「十」、平19年課法2-3「二十二」により改正)
(注) 出向元法人が出向者に対して支給する次の金額は、いずれも給与条件の較差を補てんするために支給したものとする。
  1. 出向先法人が経営不振等で出向者に賞与を支給することができないため出向元法人が当該出向者に対して支給する賞与の額
  2. 出向先法人が海外にあるため出向元法人が支給するいわゆる留守宅手当の額



  ②海外勤務者への報酬支払いパターンの例示

 前述した国内払いと海外払いの二本建て給与支払い制度の発生要因などが複合的に絡み合い、各社における海外勤務者への報酬支払いパターンは様々であろう。【図表2-5-3-2-A】にて海外勤務者への報酬支払いパターンの例を示すが、各社における報酬支払いパターンは、以下のいずれかのパターンに該当するものと推定される。

 【図表2-5-3-2-A】 海外勤務者への報酬支払いパターンの例示 

 上記の報酬支払いパターンに、【図表2-3-4-A】にて例示した「海外勤務者の給与の例示 A.海外払い給与別建て方式」を用いて、具体的な報酬額(月例給与のみ)を当てはめると【図表2-5-3-2-B】のようになる。

 【図表2-5-3-2-B】 報酬支払いパターン別の報酬額(月例給与)の例示 

  ③報酬支払いパターンによる国内労働社会保険上の報酬取扱いの問題点

 海外勤務者に支払う報酬が、(ⅰ)適用事業所の事業主から被保険者(労働者)へ支払ったものであること、(ⅱ)労働の対償として支払われたものであることの2要件を満たしているか否かで賦課対象であるか否かの判断がなされることは前述したとおりである。
 例示した報酬支払いパターン②③④⑤⑥のケースのように出向先報酬である海外給与が出向元企業(日本本社)経由で支払われる場合、保険料賦課の取扱いはどうなるのか。例えばパターン②の場合、出向元報酬80,000円だけを保険料賦課の対象とするのか、もしくは出向先報酬860,000円(=US$8,600)と合算した940,000円を保険料賦課の対象とするのかという問題が発生することになるが、残念ながら国内労働社会保険各法にこのようなケースの保険料賦課の取扱いについて明確な規定は存在しない。これは国内労働社会保険各法がもともと日本国内だけでの保険適用を想定していたためと思われるが、日本国内企業と海外企業との間での社員出向や多様化する報酬支払い形態について実情にあった対応ができていないことを示していると言えるだろう。
 この結果として、出向先報酬である海外給与が出向元企業(日本本社)経由で支払われる場合、適用事業所の事業主である出向元企業(日本本社)はもちろんのこと、保険者・監督機関などの各現場においてもこれらが保険料賦課の対象であるか否かの判断に疑義が生じているようであり、明確な規定が存在しない中で対応がなされているのが現実である。

  ④出向元企業(日本本社)の報酬の申請・届出義務

【図表2-5-3-4】に国内労働社会保険各法における報酬の申請・届出に関する関係条文を示すが、健康保険法(48条)、厚生年金保険法(27条)、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(19条)では、適用事業所の事業主に対し、報酬に関する申請・届出を義務付けているが、これらの申請・届出はあくまで適用事業所の事業主による自主的な申請・届出を前提としているものである。

【図表2-5-3-4】 国内労働社会保険各法における報酬の申請・届出に関する関係条文(抜粋)
健康保険法 第48条(届出)
適用事業所の事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、被保険者の資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を保険者等に届け出なければならない。
厚生年金保険法 第27条(届出)
適用事業所の事業主又は第10条第2項の同意をした事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、被保険者の資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を厚生労働大臣に届け出なければならない。
労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第19条(確定保険料)
事業主は、保険年度ごとに、次に掲げる労働保険料の額その他厚生労働省令で定める事項を記載した申告書を、次の保険年度の6月1日から40日以内に提出しなければならない。
1.第15条第1項第1号の事業にあっては、その保険年度に使用したすべての労働者に係る賃金総額に当該事業についての一般保険料率を乗じて算定した一般保険料
現在、保険者・監督機関への申請・届出方式には、以下の3方式がある。
①書面による申請・届出
②磁気媒体(FD・MO)による申請・届出(適用関係の一部)
③e-Gov電子申請による申請・届出(適用関係の一部) ※インターネットを利用


  ⑤出向元企業(日本本社)の報酬に対する認識

 【図表2-5-3-5】に、出向先報酬である海外給与が出向元企業(日本本社)経由で支払われる場合の「出向元企業(日本本社)の国内労働社会保険上の報酬の認識類型」を示す。

【図表2-5-3-5】 出向元企業(日本本社)の国内労働社会保険上の報酬の認識類型
出向元企業(日本本社)の認識 申請・届出の対象として認識している報酬
出向元企業(日本本社)経由で支払われる出向先報酬である海外給与は、いわゆる「恩恵的な性質である在外手当」であり、
申請・届出の対象ではないとの認識。
国内払い出向元報酬
(国内手当)
出向元企業(日本本社)経由で支払われる出向先報酬である海外給与は、単なる立替払い(迂回支給)をしているに過ぎないため、
申請・届出の対象ではないとの認識
国内払い出向元報酬
(国内手当)




出向元企業(日本本社)経由で支払われる出向先報酬である海外給与は、単なる立替払い(迂回支給)ではあるが、出向元企業を経由しての支払いであるから、
申請・届出の対象であるとの認識。
国内払い出向元報酬
(国内手当)

国内払い出向先報酬
(海外給与)
※上記の認識を拡大解釈し、日本国内における社会保障受給資格を国内勤務者と同等に保つことを目的として、国内手当の減額見合いを補完する意味合いで報酬総額を恣意的にコントロールしていることも否定できない。
(注)所得税の申告・納付については、非居住者であることを前提として勤務地国の税制に則った申告・納付を行うこととなるが、勤務地国が社会保険料の賦課方式に租税方式を採用している場合、日本国内払いの報酬(給与・賞与など)についても課税の対象となるケースがあるので注意が必要である。
 ただし、労働社会保険に関しては、二国間で社会保障協定が締結・発効されている場合であって、5年以内の海外勤務(いわゆる一時的な派遣)の場合は、所定の手続きを行うことで日本国内の労働社会保険が継続適用され、相手国での社会保険の適用および保険料(税)は免除される取扱いとなっている。


以降の記事は掲載を省略しております。 ご関心のある方はお問い合わせください。

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