| 社会保険労務士 沓掛省三 | 人事プロフェッショナル | 海外勤務者の社会保険 | 海外人事管理 | 海外勤務規程 | 海外勤務者給与設計 | 各種相談対応 |


|HOMEへ | 本稿TOPへ | ご相談・お問い合わせ |

第2章 海外人事管理と国内労働社会保険の関係
2.海外勤務者の派遣形態と国内労働社会保険の関係
 (2)人事管理上の出向とその形態

 ここで、人事管理上の出向について確認しておきたい。出向とは、人事異動の一形態として、社員の身分を保有したまま他企業への勤務を命ずることである。出向には、一般的に共通している特徴として、労務提供の場所が法人格を異にする他の会社に移動し、雇用関係(一部を含む)が社員の契約の相手方(出向元)とは別個の、社員にとって「第三者」に該当する別の法人格(出向先)に移行する点にある。
 一般的に出向は、人材援助、人材育成、中高年処遇、雇用調整などの目的で行われるが、この目的を海外勤務者に当てはめると、海外勤務者の資格要件は国内勤務者のそれと比較してその要求水準が非常に高いことを考えれば、海外現地法人への人材援助が主目的であり、副次的に海外勤務者本人の人材育成を目的としていることは容易に理解できるだろう。

 ①民法・労働契約法の要求事項

 出向は、出向元で社員を出向させること、出向先でこれを受け入れること、その条件、出向元に復帰させること、人件費請求・負担方法等を内容とする出向元と出向先との間で締結する出向契約に基づいて行われるが、出向に際しては本人の合意、少なくとも事前の包括的合意(入社の際に出向規定または出向規定がある就業規則を提示して同意を得るなど)が必要であるとされる。ただし、就業規則等に出向規定が定められていても、それに基づく出向を命ずる業務命令が有効とされるためには、原則として民法または労働契約法に規定する要求事項を満たす必要がある。
民法の要求事項 ・・・ 民法625条第1項
民法625 条第1項では、「使用者は労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」と規定しており、使用者の第三者への権利譲渡には労働者の承諾を要するとしている。したがって、この規定との関連で出向の場合には労働者の承諾を得なければならないと解されている。
労働契約法の要求事項 ・・・ 労働契約法第14条、平20.1.23基発第0123004号
労働契約法では、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする」と規定している。なお、この場合の「出向」とは、いわゆる在籍出向を意味している。

 このように法的側面に注意を払うことはもちろんのことであるが、実務的には、社員個人に対して、納得感が得られるような配慮が必要だろう。そのためにも社員を在籍出向(または駐在)の形態で海外勤務させる場合には、次善策として、【参考資料2-2-2-A】のように、任期、赴任先および赴任先での業務内容・職務内容、処遇内容、帰任後の取り扱い等を記載した覚書(表題例「海外勤務に関する覚書」など)を海外勤務者と日本本社(代表者や人事部長など)との間で締結しておくことを推奨したい。当該海外勤務者が労働組合の組合員である場合には、覚書の写しを労働組合へ提示したり、労働組合代表者との三者間契約としたりすることも必要だろう。

【参考資料2-2-2-A】海外勤務に関する覚書

 ②出向の形態(移籍出向と在籍出向)

 出向の形態は、【図表2-2-2-2】に示したように「移籍出向」と「在籍出向」がある。

【図表2-2-2-2】 出向形態

 移籍出向とは、出向元会社との労働契約を解除して出向先会社に籍を移す(転籍する)ものである。よって、出向先会社と新しい雇用契約が発生することになり、通常の「退職→再就職」となんら変わりはない。日本国内では、グループ企業間の横断的人事交流をスムーズに行うために、グループ全体の社員を一同に取扱うとの労使間の取り決めや慣習がある場合は、退職金や年次有給休暇の付与などの勤続年数については継続勤務したものとみなすとする取り扱いが一般的である。

 在籍出向とは、企業外への人事異動の一形態で出向元会社の社員としての身分を保持したまま他の出向先会社に異動し、異動先の使用者の指揮命令に従って労務を提供する場合をいう。出向期間中、社員と出向元との間の雇用関係も維持されるため、社員は出向元と出向先との間で二重の雇用関係を持つことになる。雇用主である使用者は出向元の会社であり、現在の労務管理上の使用者は出向先となる。海外勤務者は在籍出向の形態をとることが多い。

【参考】 労働基準法 行政通達上の解釈(昭61.6.6基発333)
出向先と出向労働者との間の労働契約関係の存否については、「出向先と労働者との間の労働関係」の実態により、以下事項を総合的に判断することとされている。
  •  ・出向先が出向労働者に対する指揮命令権を有していること
  •  ・出向先が賃金の全部または一部の支払いをすること
  •  ・出向先の就業規則の適用があること
  •  ・出向先が独自に出向労働者の労働条件を変更することがあること
  •  ・出向先において労働社会保険へ加入していること
[移籍出向]
出向元との労働契約関係は消滅し、出向先との間にのみ労働契約関係が存在するので、出向労働者についての使用者としての責任はすべて出向先が負う。
[在籍出向]
出向労働者は出向元、出向先の双方との間に労働契約関係を有することになり、使用者としての責任は、出向元、出向先及び出向労働者間の取り決め(出向契約)によって定められた権限と責任に応じてそれぞれ出向元と出向先が負う。

【参考資料2-2-2-2】 日本国内企業間における出向時の人事管理上の各種取り扱い例

*1 出向社員が複数の事業所から報酬を受ける場合は、各事業所で受けた報酬の合算額に基づき一つの標準報酬月額が決定され、保険料はそれぞれの事業所での報酬月額に応じて按分負担する。この場合、出向社員が「保険者選択届」を提出し、一の保険者を通じて保険料納付や給付が行われる。健保法3条、厚年法6条、昭18.4.5保発892、昭19.11.8保発260
*2 出向社員が生計を維持するに必要な主たる給与を受ける一つの雇用関係についてのみ被保険者となり、その雇用主から支払われる報酬に対しての保険料納付や給付が行われる。雇保法6条、行政手引20351

 ③海外勤務者の労働契約の準拠法

 海外勤務者のような国際的な労働関係が存在する場合、どのような法律関係として成立し法的効力を生じているのか、また、どこの国の法律が適用されるか、準拠法はどこの国によるべきかという問題が生じる。  主として、準拠法の指定を目的とした国際私法に関する規定を定めた「法例」は、2007年1月1日に全部改正され、「法の適用に関する通則法(以下「通則法」)」となった。 この通則法によれば、労働契約の準拠法は当事者の選択により決まるという原則を定めている(7条)。
 その一方、通則法が制定される以前から、刑事制裁や行政取締により実効性を確保する仕組みをもつ強行的な労働保護法規(労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法、労働者災害補償保険法など)は、日本国内において営まれる事業に対しては、使用者及び労働者の国籍を問わず、また契約当事者の意思のいかんを問わず、適用されると解されてきた。
 2007年の全部改正では、12条1項にて、労働契約の成立及び効力について、労働者の保護の観点から、労働契約の最密接関係地法中の特定の強行規定を適用する旨の主張をすることができるものとする等の規定が設けられた(労働契約の準拠法について当事者の選択の自由を制限する規定)。
 したがって、当事者の選択にかかわらず、国内法(日本法)が「最も密接な関係がある地の法」であれば、労働者が求めた場合には労働基準法などが当該労働契約に適用されることになり、またその逆に外国法が「最も密接な関係がある地の法」であれば、労働者が求めた場合には、外国法の労働法規などが当該労働契約に適用されることになる。
 また、明文の規定はないが、労働者が意思表示をしなかった場合にも上記の「特定の強行法規」は適用されるというのが通則法の立法趣旨と解されている。
 したがって、日本国内で事業を行う外国企業や、日本国内で就労する外国人労働者(不法就労外国人をも含む)に対しては、使用者及び労働者の国籍や当事者の意思にかかわらず、労働基準法等が適用され、逆に、外国で事業を営む日本企業や、海外の企業で働く海外勤務者には、原則として労働基準法等は適用されないことになる。ただし、国内の事業場から海外へ派遣された労働者については、海外での就労が一時的なもので国内の事業との関係が継続していると認められる場合(短期の出張や、長期の転勤であっても日本国内の事業場が雇用管理を行っている場合など)には、労働基準法等が適用されることになる。

本稿トップへ
次のページに進む
前のページに戻る